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山口大学第5回国際シンポジウム

「知の国際化、知の共有を目指して~地方大学に出来ること」
~70名を越える参加者が、それぞれの経験に基づき意見交換~

大学が国際化や国際貢献を推進する必要性についての議論は以前からあり、文部科学省、外務省および国際協力機構(JICA)では、効果的な国際協力事業の実施のために、大学の持つ人材や知見を活用したいと考えています。しかし、大学側で国際化や国際貢献に関する共通認識が醸成されているとは、必ずしも言えません。また、国際化や国際貢献のあり方は、その置かれた状況によって全ての大学で一様なものではないと考えられます。山口大学では以上の様な現状を踏まえ、中国地方及びその近隣地域の大学が、国際化や国際貢献に関する情報を共有し、可能であれば連携して課題解決にあたることが出来ないかと考え、その議論の場として2009年2月に第1回「山口大学国際シンポジウム」を開催しました。その時に参加者からだされた「地方の大学の国際化に有益となるテーマを選んで本シンポジウムを継続したい。」との要望に応え、山口大学ではJICA中国国際センターの後援を得つつ、本シンポジウムを継続して開催しています。

今回は第5回となり、台風6号接近という荒天の中、7月19日(火曜日)に「知の国際化、知の共有を目指して~地方大学にできること~」をテーマに、山口大学会館2階会議室で開催されました。 悪天候にもかかわらず、長崎大学、高知大学、岡山大学、鳴門教育大学、山口県立大学、山口大学の教職員に加え、地方自治体(山口県、山口市)、山口青年会議所会員をはじめとする民間企業、留学生との交流活動を行っている市民の方達74人の参加者がありました。参加者には山口県立大学への韓国からの留学生を含め、山口県立大学、山口大学の学生15人含まれています。大学の国際化は教員だけでなく、学生を含めた大学全体のものでなければならないことを考えると、今回のシンポジウムにこれだけの学生達が参加し、国際化や国際協力についての議論に参加したことは、大きな収穫であったと考えられます 。

シンポジウムのタイトル「知の国際化、知の共有」に関して、「知」特に大学における「知」は、そもそも地域限定でないユニバーサルなものだと理解しています。よって、今回は「知の共有」に重点を置いて議論することを目標としました。
グローバル化が進展する世界において、先進国と開発途上国の「知」や「技術」の格差が深刻で、これを埋める努力が必要であると考えられています。そのために大学が途上国の現状やニーズにもっと関心を持つべきかも知れません。海外留学生の受入、日本人学生の留学促進、海外研究者との共同研究などの活動は、大学が国際社会の現実を知り、海外に日本を知らせるための道程と言えるかも知れません。「知の格差解消に向けた相互理解」、「知の成果を自国のみでなく多くの国々と共有し、地球社会の持続的発展に供すること」が、今回のタイトル「知の国際化、知の共有」には込められています。

シンポジウムのもう一つの狙いは、「大学の知は、大学内で生み出されるものだけでなく、大学を取り巻く地域の中に生まれ、育まれた知をも大学が集約して国際社会での共有に供することが必要であり、可能なのではないか」を考えることでした。この意味から、大学外において国際化に関心を持ち、国際活動を実践されている人たちが議論に参加下さったことで、大きな示唆を得ることができました。

主催者として開会挨拶に立った山口大学・丸本卓哉学長は、自らの経験を踏まえて「大学の知を国際協力に活用し、国際的貢献をすべきと考えているが、このことは必ず大学の専門性を伸ばすことにつながる。」と述べ、「山口大学では国際交流から国際協力に向かって、主として関係の深いアジア地域において国際活動を展開してゆきたい。」と、山口大学の国際化の方向を明確に示しました。また、以前から提唱している「山口国際協力の里ネットワーク」の構想の下で、産・官・学・市民の連携によって、そして学生も参加する形で国際活動を推進したいと参加者に呼びかけました。

シンポジウムの第1部では、議論のための以下の問題提起が行われました。

  1. 「大学の知を活用した国際協力」:文部科学省国際課国際協力政策室
    梅津 径 国際協力調査官
    「大学の国際化、知の共有」についての大上段からの議論でなく、事例を踏まえて具体的に大学がどの様な国際活動が可能なのか、また国際活動やグローバル人材育成を支援する文部科学省や国際協力機構(JICA)の仕組みについて、わかりやすい説明が行われました。(発表資料はココ(PDF457KB) をクリック下さい。)
  2. 「中国5県における大学の国際協力活動」:JICA中国国際センター
    市民参加協力課 有田敏行 課長
    JICA中国が担当する中国地方5県の大学が、どの様な形で国際協力事業(JICA事業)に参加しているかが、協力形態別に紹介されました。地理的関係から広島大学をはじめとする広島県内の大学の実績が多いが、山口大学はじめ他県の大学もそれぞれの特性を生かして、ODA事業に参加している状況がよく理解できる内容でした。(発表資料はココ(PDF235KB) をクリック下さい。)
  3. 「山口国際協力の里ネットワーク」について:山口大学エクステンション・センター
    辰己 佳寿子 准教授
    山口大学では、地域と連携して国際的な活動に取り組むことが、地域の活性化にもつながると考え、数年前からの産・官・学・市民が参加する『山口国際協力の里ネットワーク』を提唱してきました。現在、具体的な成果を上げるまでには至っていませんが、なぜ地域との連携を模索しているのか、今後どの様な方向で「里」の具現化を図ろうとしているのかなどについて簡単な説明がありました。また、未だ成熟はしていませんが「里」の構想につながりそうな事例として、周南市鹿野渋川の地域づくりが取り上げられました。韓国との国際交流を通して、渋川という地域が韓国と結びつくことはもとより、地域内の「結びつき」や大学や行政との「結びつき」が強く重なり合うプロセスが紹介されました。

問題提起を受けて、「連携から具体的な経済活動に移行する場合は、契約といった問題も生じるが、企業だけでは対応が困難な場合の大学や官の果たすべき役割は?」との鋭い質問も出ました。長崎大学教員からは、大学の比較優位を生かした国際活動や学内での国際化推進体制などの説明がありました。比較的国際活動が進んでいる同大学では教員派遣、現地での危機管理や物品調達などの制度が、海外拠点の設置とともに急速に整備されたことが紹介されました。インドネシア、バングラデシュからの留学生受入やバングラデシュ人事院研修所での授業提供等国際活動に積極的に取り組んでいる山口大学経済学部教員からは、こうした活動が教育・研究活動にとって重荷であるよりも研究の幅を広げることに役立っていると、国際活動を前向きに評価する発言がありました 。

休憩をはさんでの第2部の冒頭で、畠中篤・山口大学特別顧問(元JICA副理事長)から、問題提起の内容について「文部科学省、JICA中国の説明に異論はないが、総論でなく各論(各大学の国際活動)に対応できる両組織の枠組みが必要であり、また大学が模索する国際活動を支援する意味での相談窓口の必要性」と行った指摘がなされました。「知の共有」については、日本から途上国に「知」を提供すると行ったイメージではなく、知の共有は双方向であるべきだとも指摘されました。また、「国際協力の里」は、大学の国際化が進むこと、国際化に資するリソースが明確になること、大学の知を活用する外部リソースとの連携、といった点を踏まえて考えるべきと助言されました。

畠中特別顧問の発言も踏まえて、「知の国際化、知の共有と地方大学」と題するパネル・ディスカッションでは、最初に山口県立大学国際文化学部・岩野雅子教授、岡山大学国際センター・小川秀樹教授、鳴門教育大学学校教育研究科・石坂広樹准教授、(株)ケイズラブ・河内義文代表取締役の4人から、それぞれの経験に基づいた意見の発表がありました 。

多文化教育、国際理解教育を専門とされ、地域社会の国際化に関わる課題に取り組んでおられる岩野教授は、前日のなでしこジャパンの快挙や山口県阿武町でのJICA研修員受入などの話題を絡めて、外に向けられていた開発の視点が、自らの足下にも向けた外と内への、即ちwin-winの関係で語られるようになってきた変化に触れ、山口県立大学の国際化、国際活動の位置づけ、課題、そして事例を説明されました。発表の中で、「軽々と文化の壁を越えて行く人材育成」、「内なる国際化」に対応しようとされている山口県立大学の取り組みが興味深いものでした。なお、「地域と連携した国際化において地域の課題に応えることは、夜間、休日の活動が必要となる『泥沼』への一歩だとの覚悟が必要」との指摘は「地域と連携した国際活動」を標榜する山口大学への大きな警告であると共に、地方大学の国際化において乗り越えなければならない重要な課題かも知れません。(発表資料はココ(PDF637KB) をクリック下さい。)

岡山大学国際センターで国際化をリードすべき立場の小川教授は、「大学は国際化していなかったの?」と問いかけ、欧米から外国語で学んだ時代、そして母国語で高等教育を実施するようになった歴史から、現在、大学が「国際化」を求められているとの考えをわかりやすく説明された。その上で、個々の教員は別として岡山大学としては国際活動が十分でなく、現在JICAとの人事交流を図っているが、大学の国際化にはこのような起爆人材が必要ではないかと問いかけられた。

鳴門教育大の石坂先生は、コスタリカで博士号を取得し、海外での勤務経験も長い国際派ですが、高校時代は英語が苦手であったと前置きされた上で、軍隊を廃止し教育に力点を置いていたコスタリカに興味を持ち、現在の立場にあることを話された。興味を持ち関心を持つことが、国際活動の第1歩であることが理解できました。広島の私立大学で国際化の推進役を期待された経験から、国際活動ができる教員個人に頼るのでなく、組織体制とリーダーシップこそが大学の国際化に取って重要と話された。最後に述べられた「知の共有」は地域への還元が重要との指摘は、岩野先生の外に向かう一方向の視点から、内・外双方向の視点という考えと共通するものを感じさせました。

最後に発表された河内氏は、山口大学、山口県土地改良事業団体連合会(水土里ネット)、民間企業が2009年より共同で実施している「日本・ベトナム国際協力事業」の概要を説明した上で、こうした共同事業における大学のメリット、民間企業のメリットをわかりやすく整理された。その上で、今後への提言として、①大学内のシーズを明確にする必要性、②事業への学生の参加、③卒業生を活用した現地オフィスの設置と活用、の3点を挙げられた。この提言も、大学内ではよく議論されるがなかなか実行に移らない、もしくは遅々として進展しない課題であり、こうした基礎的な課題を早急に乗り越えることが大学の国際化には急務と言えます。(発表資料はココ(PDF1.77MB) をクリック下さい。)

問題提起者、パネリスト間での意見交換の後、参加者全体での議論に移りましたが、山口県、山口市職員、市民の方、学生から活発な意見が出されました。
宇部市で留学生のための情報ネットを運営されている参加者からは、「国際協力の里の構想が5年経っても十分に機能していないことに驚いている。山口大学キャンパス内の表示を見てもほとんど日本語のみである。大きな花火を打ち上げることではなく、小さな線香花火をたくさんやればよいと考える。」と厳しく指摘された。更に「こうしたシンポジウムの開催はゴールではない。議論された内容が反映して、1年後には状況が変わったと感じさせて欲しい。」と付け加えられました。
「先般の東日本大震災・津波を経験して考えるのは、『日本は持続可能なのか、日本の中山間は持続可能なのか?』ということで、国際協力を途上国に与えるといった考え方からは脱却すべきではないか。その意味では山口県立大学の活動に期待したい。」との問い掛けもありました。河内氏の発表にあったベトナムプロジェクトに参加した水土里ネットの職員からも、「ベトナムの農村は若く活力があった。日本の中山間部は老人が多く、日本農業の将来はどうなるかという気持ちになった。」と感想を述べられた。山口県の職員の方からは、インドネシアでのJICA専門家の経験も踏まえ、「知の国際化は、地域の文化を相互に共有することではないか。」との意見が出されました。こうした発言を考え合わせると、開発途上国と同様、日本にも多くの課題があり、そこには共通するものも多いと思われます。その意味では、国際協力の双方向性(海外と日本、特に地方)を踏まえて「知の共有」を考えることが、大学の国際化で最も重要であり、それ故に地域と連携した活動が必要なのではないでしょうか。

山口大学の留学生との交流、彼らの支援活動を行っている参加者からは、「山口大学の留学生、外国人研究者と地域のパイプ役を目指している。特に、日本の農耕文化に根ざした社会の仕組みを学んで欲しいと考えている。」との紹介があり、大学の留学生対策にも示唆に富む活動だと感じさせられた。この活動に対し山口市職員からは、「地元と留学生が互いに楽しく生活して行くきっかけとなっており、市も協力するので大学でも支援して欲しい。」との要望が出されました。
山口大学大学院学生からは、「今秋からベトナムのハノイ工科大学で研究を行うことになっているが、それと合わせて教育支援のボランティアをしたいと考えている。こうした活動への情報提供や助言をJICAで行って欲しい。」との要望があり、こうした学生の活動について大学がどの様に対応できるかも国際化の指標になると考えられます。
山口大学教員からは、「日本の若者の内向きが言われるが、これは大人の姿勢が原因だと考える。動機付けをすれば学生の目も外に向く。教育の国際化にもっと重点を置くべきだ。」と指摘があり、他の参加者からの発言も合わせて考えると、教員(研究)中心の国際化から学生も含めた国際化に焦点を合わせていく必要性を、強く考えさせられます。

シンポジウムの終了にあたって畠中特別顧問から、「実際には多くの課題もあるが、国際化の方針は共有されたと思う。参加者それぞれが今後の活動に向けてヒントを得、情報を共有できたので、1年後に今回の様な機会があれば、国際化の進展が必ず実感できると思う。今日のシンポジウムは有意義で、参加して楽しかった。」と感想を述べられた。
最後に丸本学長は、「震災を経験して国際協力の重要性、そして日本も他国との関わりで生きていると強く感じた。こうした状況の中で大学も何をするべきか、何が出来るのかを考え、世界に貢献する必要を強く感じている。アジアの発展を担うのは、日本だけでなくアジアの人々と協働して発展する努力が必要だと考えている。しかし、国際協力活動は大学内でも十分に評価されない傾向にあるが、こうした活動を通じてこそ真の国際人材を育成できると考えている。国際活動を個人レベルから大学がきちっと認め、評価できる体制作りを進めたい。こうした活動を大学間で連携し互いに補完して進めるために、山口大学から中国、四国、九州の大学に呼びかけてゆきたい。また、この会場に来ていない人にこそ今日の議論を聞かせたい。シンポジウムの内容を整理し、しっかりと学内でも周知してゆきたい。」と力強く議論を締めくくりました。

5回目を迎えた山口大学国際シンポジウムですが、多様なテーマでの議論を積み上げつつ徐々に地方大学における国際化、国際活動のあり方がおぼろげながら形をなしてきたように見えます。大上段からの議論でなく、何を行っているのか、何が出来るのかの情報を共有しながら、いろいろな関係者が結びついてきているように感じます。「結びつき」が山口大学の目指す「国際協力の里ネットワーク」の基礎になります。そこでは「大学の知」や「地域の知恵」を海外に提供するだけでなく、途上国の現場での経験を通して、私たちの持つ「知」や「知恵」に海外のそれを重ね合わせていくことが、そしてその新たに加わった「知」や「知恵」が山口大学や山口県の持つそれを更に豊にしていってくれる、これこそが私たちの目指す国際化、国際活動の様に感じさせてくれるシンポジウムでした。

今回は地域との連携に加えて、中国、四国、九州の近隣大学間での連携の可能性も示唆されました。山口大学がそうした大学の「結びつき」を促進する役割を担えることを信じて、今後も国際シンポジウムを継続してゆきたいと考えています。

(文書責任:今津)

参考:過去の「山口大学国際シンポジウムの」テーマ
  • 第1回:「大学の国際協力活動と新JICAとの連携」
  • 第2回:「国際協力活動における大学と民間企業の連携」
  • 第3回:「国際開発機関と大学の連携」
  • 第4回:「民間企業、大学が参画できる国際協力」
  • 第5回:「知の国際化、知の共有を目指して~地方大学にできること~」

本シンポジウムの様子は、「国際開発ジャーナル」誌9月号にも掲載されました。記事はココ(PDF883KB)をクリック下さい。